歌劇「サルタン皇帝の物語」より3つの奇蹟
 リムスキー=コルサコフが作曲した歌劇「サルタン皇帝の物語」(正式には「皇帝サルタンと有名な雄々しく勇ましい息子のグヴィドン・サルタノヴィチ、そして美しい白鳥の王女の物語」という)は、彼の作曲した歌劇としては11番目のもので、次のようなストーリーをもっている。
 サルタン皇帝は、豪商の3番目の娘を妃に迎え、幸せに暮らしていた。しかし、妹の幸福をねたむ2人の姉は、皇帝が出陣した留守の間に妹が化け物を運だと中傷した。それにだまされた皇帝は、妃と生まれたばかりの王子を樽に詰めて海に流すように命じた。母子を乗せた樽は、やがて魔法の島に流れ着き、王子はその島で成人した。ある日、群れをなして島に来襲してきた大きなくまんばちに襲われた白鳥が助けを求めているので、王子は勇敢にもその危難を救った。王子はねそのお礼として3つの魔法の力を与えられた。つまり、「リスが金のクルミを噛んでエメラルドを取り出し」「33人の勇士が海から上がってきて岸に並び」「王子に救われた白鳥が美しい王女の姿に変わる」……。やがてグヴィドン王子は、誤解をといたサルタン皇帝をこの島に迎え、彼女と結婚式を挙げるのである。
 この歌劇の中の、くまんばちの来週の場面で演奏されるのが、有名な「くまんばちの飛行」で、バイオリンやフルートのソロ曲にアレンジされたりしてよく演奏されている。
 さて、リムスキー=コルサコフはこの歌劇を1899年から1900年にかけて作曲した(1899年は、物語の原作となった童話を書いたプーシキンの生誕100年に当たっていたそうである)。また1903年には作曲者自身がこの歌劇から3つの前奏曲を抜きだして「音画」としても出版している。「3つの奇蹟」は第4幕の前奏曲であり、王子に与えられた魔法による奇蹟が現れる場面の曲である。
 作曲者のニコライ・アンドレヴィチ・リムスキー=コルサコフ(1844〜1908)は、いわゆる「ロシア五人組」(バラキレフ・キュイ・ムソルグスキー・ボロディン・リムスキー=コルサコフ)の作曲家の中では最も若く、最も華やかな存在であった。彼の人生のスタートは音楽家としてではなく、海軍の軍人として始まっている。幼いころからピアノを習ったりはしていたが、音楽学校に進学したりはせず、海軍兵学校に入学し、やがて海軍の士官となりアメリカやアジア、ヨーロッパに寄港している。この頃から彼は作曲を始めているが、後に彼自身が語っているように作曲法の知識などほとんど持っていなかったようである。しかし27歳の時、音楽院の作曲科の教授として招かれたのを機会に猛勉強を始め(この時に指導を仰いだ1人にチャイコフスキーがいる)、非常な短期間でそれを習得したばかりか、彼独特の和声や管弦楽法を駆使した華やかなオーケストレーションを身に付けることになるのである。間違いなく、彼は20世紀初頭最大の管弦楽法の大家であり、教育者の1人であった。それは、彼の弟子の中にグラズノフ、プロコフィエフ、ストラヴィンスキー、レスピーギなど、そうそうたる作曲家の名前が並んでいることでも理解できる。
 なお、彼の代表作は、「シェラザード」「スペイン奇想曲」「ロシアの復活祭」などの管弦楽曲の他、「金鶏」「サトコ」「クリスマス・イヴ」などの歌劇、吹奏楽のための作品として「トロンボーン協奏曲」などがある。