序曲「春の猟犬」 
 アルフレッド・リードと聞いてまず頭に浮かぶのは「アルメニアン・ダンス」。パート1の変化に富んだリズムやメロディも素晴らしいし、パート2では可愛らしい「婚礼の踊り」や激しくエネルギッシュな「ロリの歌」も感動的だ。そんなリードが、この「春の猟犬」を発表したのは1980年。日本には翌1981年の「吹奏楽名曲集」で紹介された。その頃の日本の吹奏楽界は、前年からスウェアリンジェンの「ノヴェナ」や「インヴィクタ」が、同じ年にはバーンズの「アルヴァマー」が発表されて、コンクールでの自由曲も、それまでのカーターやカウディル、オリヴァドッティといったクラシカルな曲目から、ちょっとしゃれた感じのメロディとポップス風なリズム・ハーモニーに彩られた曲目に様変わりしていった頃である。そんな中で発表された「春の猟犬」は、当時中学生だった自分にとってもすごく新鮮で斬新な印象で写ったし、全国大会での福岡工業大学附属高校(現在は城東高校)や神奈川県立野庭高校の名演もあって、ちょっぴり「いつかやってみたい憧れの曲」だったりしたもんだ。そんな「春の猟犬」も、今の子たちに聴かせると「普通の曲ぢゃん」という程度にしか聞こえないのかと思うと、時代の移り変わりを実感せざるをえないな……と、ちょっぴり淋しくなったり……。そりゃ、効果音も擬声も何もないもんね。スミスやメリロを聴いた後じゃ色あせちゃうんだろうね…………
 この「春の猟犬」は19世紀の詩人アルジャーノン・チャールズ・スウィンバーンが1865年に出版した詩の印象に基づいて作曲された。その詩とは……

春の猟犬が冬の足音をたどる頃
月の女神が牧場で草原で
暗がりを、風吹く場所を
葉音、雨音で満たす
微笑み隠す唇ほど柔らかな
木々の茂みを陽気に分け入り
追い求める神々の目を逃れ
かの乙女は身を隠す

 リードは、この詩から“若さあふれる快活さ”と“やさしい恋の甘さ”を音楽として表現したという。
 6/8拍子を中心とした軽やかな明るいリズムと、中間部の4/4拍子の甘いメロディ。春という季節の若々しい恋を美しく爽やかに描いていると言っていいだろう。
 なお、この曲は作曲を依嘱したカナダのオンタリオ州ウィンザーのジョン・L・フォスター中学校とその指揮者G.A.N.ブラウン氏に献呈され、同校のシンフォニックバンドと作曲者自身の指揮によって初演されたという。けっこう難しい曲なのに、中学校バンドの為に書かれたというのは驚きだね。
 作曲者のアルフレッド・リードは、1921年生まれのアメリカの作曲家。現在は洗足学園大学など日本の学校や吹奏楽団での活動も多くされている人で、自分も普門館で奥様とご一緒のところをお逢いしたことがあったり……。非常に数多くの吹奏楽曲を作曲しているが、有名なものとしては「ハムレット」「オセロ」等シェイクスピアの作品を題材とした曲や、「パンチネロ」「春のよろこび」といった中学生でも演奏できそうな序曲、その他交響曲や組曲、ポップスのアレンジ等も多く手がけている。